「お父さんが怪我して入院したみたい」
妹からのLINEで、私たちの介護計画は一瞬で崩れました。
認知症が進む母のために、ようやく施設入所が決まった矢先――。
今度は父が倒れ、入院。
老老介護の限界。
親ふたり同時のサポートが必要になった時、遠距離の私たち姉妹がどんなふうに動き、悩み、決断していったのか。
「まだ大丈夫」と思っていた準備の甘さ、想定外の連続。
それでもなんとか乗り越えることができたのは、地域の支援と、姉妹での連携があったから。
今、親の変化に気づきながらも迷っている方に――私たちの実体験が、少しでもヒントになれば嬉しいです。
「父が怪我して入院した」その一報から始まった混乱
デイサービス~施設入所を決めた矢先、、
母の様子が今までと違う(認知症の初期症状が出始めて)となってから約6年。
ようやく施設入所を決めてくれた両親。
ここまでの道のりも長かった。。(別記事でまた書きます)
父が怪我をしたのは、施設(サ高住)との契約も済んで、入所まではデイサービスも利用して、その後に実家の売却、、
と順調に進んでいた矢先の出来事でした。
「お父さんが怪我して入院したと連絡がきたので帰ってくるね。」
と妹からのLINE。
怪我は大したことないらしいけど、お母さんが病院に迷惑かけてるみたいなので引き取ってくる。と、、、
ケアマネさんからの緊急連絡先は、私よりは距離の近い(といってもドアツードアで4~5時間)妹になってたので、速攻動いてくれて本当に助かった。

【怪我発生当日】起きていたこと・知った時のこと
父の怪我・原因
怪我の原因は、買い物へ行こうとして自転車を押していた際、ハンドルさばきを誤ってか道路わきの用水路に自転車ごと落ちてしまったとのこと。
道路から深さ巾とも約1M超の、田んぼ横の用水路。
私が子どもの頃、タニシとか取って遊んだところ。
そこにはまって動けなくなている近くで、母がパニックになっているところを近所の方が見つけて救急車を呼んでくれたそう。
怪我は大したことないと言われていたけど、頭を打って、肋骨が折れてて、、
私が病院に駆け付けた時は、ベッドに寝かされ身動き取れない状態に、、
ひと月前の帰省時に、父の衰弱が激しかったので、それを理由に母を説得(母は施設を拒否)して施設入所もなんとか行けそうとなった矢先のことで、、
自転車のハンドルさばきもしっかりでいないほど弱っていたんだろうな、、と思うと、無理やりにでももっと早く環境を変えていればよかった、、と後悔しきり、、
母のこと
この時から6年程前に認知症の症状が出始めた母。
そんな母を父が全面的にサポートをしていて、外から見たら“普通”に見えていたけど、実はギリギリの状態だったのかも…
ようするに、そんな母を父が老老介護していた状態だったと思います。
父も母も、私たち娘には弱いところを全く見せない人たちだったのでそこまで深刻に考えていませんでした。。
その日は、なかなか帰ってこない父が心配になったのか、外へ出て、父が用水路に落ちて怪我しているのを発見してパニックになって叫んでいたところ、近所の方が発見して救急車を呼んでくれたとのこと。
父と一緒に救急車で病院に行った母は、病室などでもウロウロしたりして迷惑をかけてたらしく、新幹線で駆け付けた妹が引取に。
その間、地域包括支援センターのケアマネさんが、ショートステイの施設を抑えてくれて、4~5日泊まれることに、、
ところがその夜、母がベッドから落ちて頭を打ったから救急へ行ってくれとショートステイから連絡があり、近くに泊まっていた妹が迎えに。
ところが、当の本人(母)は元気そうで、妹曰く、知らない場所(ショートステイ)でパニックになり追い出された感じ、、とのこと。
その夜は、母が家に帰りたいというので実家へ。
でも実家は、家の玄関閉まらない、ネズミが発生している、、等々
母は今まで住んでいた家だからいいけど、妹はその日はレンタカーの中で仮眠。翌日救急病院へ。
一時帰宅では限界…母の“居場所”を本気で考え始める
父と一緒に入るはずだった施設、その前に起きたこと
母の施設入所については、今回の出来事よりも前から準備を始めていました。
認知症が進行してきた母にとって、実家での暮らしには限界が見えてきていたからです。
当初の計画は、父と母一緒にサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)に入ること。
実家もネズミの被害などがあり、「もうここで暮らし続けるのは難しいね」と両親とも話がついており、前向きに施設への移行を考えていました。
最初は嫌がっていた母も、「お父さんの体力が弱ってきているから、、」と父の体調面を理由に納得してくれました。
父の怪我で、前提がすべて崩れてしまった
そんな中、父が怪我で入院。
母と一緒に施設に入ってもらうという前提が、一瞬で崩れてしまいました。
サービス付き高齢者住宅(サ高住)は、ある程度自立して生活できることが前提の施設。
認知症のある母が一人で入るにはハードルが高くなってしまったのです。
しかも、私たち姉妹はどちらも遠方に住んでいて各々家庭もあるため、母の生活を直接支えるのは現実的に難しい…。
ショートステイでは落ち着かず、実家にも戻れない母を、どうすればいいのか。
行き場を失いかけていました。
ケアマネさんの判断で、一時的に精神科病院へ
このとき、すぐに対応してくれたのが、地域包括支援センターのケアマネージャーさんでした。
「まずは落ち着ける場所を」と、入院可能な精神科病院を手配してくださったのです。
母の認知症症状や混乱の状態をふまえて、「ここで少し安心して過ごしてもらいましょう」と提案してくださいました。
実はこの病院、以前にものわすれ外来で認知症検査をしたところ。
この“一時的な避難先”が確保できたことで、私たちもホッと一息つくことができました。
時間ができたからこそ、納得のいく施設選びができた
母が無事に入院してくれたことで、私たち姉妹も落ち着いて今後のことを考えられるようになりました。
数か月かけて、何度か帰省しながらじっくりと施設見学をし、比較し、最終的に納得できる施設を選ぶことができたのです。
あのとき、ケアマネさんがすぐに動いてくれなかったら、焦って「とりあえず空いているところ」で決めていたかもしれません。
母にとっても、私たちにとっても、“ひと呼吸”おけたことは本当に大きな意味があったと思います。

父の入院先との連携、Wケアが始まる
父の入院によって始まったのは、“親ふたりのケア”=Wケアでした。
最初は地元の総合病院に入院していた父。
でも数日後には、「リハビリのできる病院へ転院を」と言われ、急いで転院先を探すことに。
医療ソーシャルワーカーやケアマネさんとのやりとりをしながら、転院の日程調整、必要書類の準備、搬送の付き添い…。
そこに、母の施設探しや生活の手配も並行して進めることになり、まさに情報と感情と時間の中を行ったり来たりしていた気がします。
母の今後の暮らしとの“バランス”に悩む
もう一つ大きなテーマは、父のケアと、母の今後の暮らしをどう両立させるかということでした。
父はリハビリをしながら、また元気に自宅に戻ることを望んでいる。
一方、母は認知症の進行があり、一人での自宅生活は難しい。
じゃあ、どちらかに合わせる?
父に合わせて母をまた家に戻す?
でもそれではまた「老老介護」に戻ってしまう…。
このあたりは本当に何度も話し合い、悩みました。
とりあえず今は「別々の環境でも、それぞれにとって安心できる場所を探そう」ということに。
そして、父の怪我の状態が落ち着いたら、「いずれは、ふたりが安心して入れる施設も探そう」のが、私たち姉妹の答えでした。
遠距離姉妹での連携と役割分担
私たちはどちらも遠方に住んでいて、すぐに動けるわけではありません。
だからこそ、姉妹での連携と役割分担が何より重要でした。
- 妹は私よりは比較的近いので、転院の付き添いや搬送、母の急変時の対応を
- 私は、帰省するときは1週間~10日仕事を休んで、現地できることを
- 私の帰省に合わせて妹も帰省し、病院への訪問、施設探し、家の片づけ、役所手続きなど手分けしながら集中して行いました
LINEや電話で毎日やりとりをしながら、「できるほうが、できることをやる」というスタンスで乗り越えました。
「親2人が同時に崩れたとき」のリアル
正直、あの時期の私たちは、感情的にはパニック寸前でした。
父の怪我、入院。母の混乱、施設探し。実家の片づけ~売却手続き。。
「なんでこのタイミングで」「どうしたらいいの」とも思いました。
でも、現実は待ってくれません。
- 施設を探さないと、母の居場所がない
- 父の入院先に提出する書類は、すぐに必要
- 家の契約や片づけも進めないと間に合わない
感情を脇に置いてでも、「今できること」をひとつずつ片付けるしかありませんでした。
「もう少し早く準備できていれば…」
そんな中で何度も感じたのが、「もう少し早く準備していれば」という後悔。
- 施設探しをもう1ヶ月早く進めていれば
- 父の身体の衰えをもっと深刻にとらえていれば
- 実家の片づけや契約を早めにしておけば…
後悔すればきりがないけれど、それが現実でした。
私たちがあの日、学んだこと
“もう少し大丈夫”は、ある日いきなり崩れる
親は親なりに頑張っていて、私たちもどこかで「まだ大丈夫かな」と思ってしまう。
でも、支え合いのバランスは、突然壊れることがあります。
そしてそのとき、家族だけでは支えきれないこともある。
だからこそ、地域包括支援センターや医療・福祉の制度を知っておくこと。
遠距離でもできる準備を、“まだ元気なうちに”始めておくことが、本当に大切だと実感しました。
今、親の様子が以前と違う?と思っている方のこれからに、何かヒントになるものがあれば幸いです。